「自分が学んだことを記録し、忘れた時に見直す」ということに対しても、授業の板書を写すバージョンと、きれいに清書して見直すバージョンが存在していた。いま思えば、なんとも二度手間なノートの使い方をしていたものだ。これでは「ノート活用法」とはほど遠いだろう。ノートはそもそも何のために書くのか、という根本的な問いにさえ立ち返ってみることを自分はしていなかった。高校一年になると、授業中から後々見やすいノートを書けばいいんではないかという考えになり、板書をそのまま写すのではなく、自分なりにノートを書くことを始めた。その時に気を付けていたこと次に列挙すると、「・話の大枠が変わる時はノートのページが途中であっても次のページに変える。・話の大枠が変わる時はノートが使いかけであっても、あと何ページかなら、新しいノートにしてしまう。・ノートはページごとに使うのではない。見開きで使って、左のページと右のページを、合わせて一枚の大きな紙に書いているようにとらえる。・きれいすぎる字や長すぎてわかりにくい文に意味はない。自分さえ読めたらいいのだから、自分が読める程度のきれいさの文字で書き、長い単語などは、自分なりに略称を作っておき、随意用いる。」